明けましておめでとう御座います。

年末〜年始にかけて飲んでばっかりだったので、今更の更新となる。筆者の順番が前後して申し訳ない。
さて2009年を振り返ってだが、何よりも大きいことは上海に来たこと。一昨年の年末、会社から中国行きを通達された私は決してハッピーな気持ちではなかったと思う。チリとかコロンビアとかの山で毎週末スキーに出かけるとか、ブラジルでビーチに通いながら女の子をナンパするとか、そういうことしか考えていなかったので中国と言われたときのガッカリは言葉にならなかった。(中国が好きな人、ごめんなさい。だが、当時の私は過去25年間で中国に行きたいと思ったことは一度もなかった人間なのです)


そんな中国で暮らし始めて半年が経ったのが今年の年末である。『2009年を振り返る』というお題において1年の半分を過ごしたこの国について、その感想を申し上げるのはテーマに沿うと思うのでそれを書く。

2009年、中国で生活をしていての一番の印象は『日本人は中国をなめている』ということだと思う。日本人を代表して私が感想を述べるのはオコガマシイと考えるが、日本に居る多くの人の中国に対するイメージは『生産基地』(過去には単純労働、現在ではソフトウェアのオフオフショア開発まで手がける広義として捉える)としての中国であり、『消費国』としての中国ではないのではないかと感じる。その認識はどこから来るのか?

1950年代、日本では『三種の神器』の一つして白黒テレビが普及した。一方中国で改革解放後の1980年代初頭、自転車、ミミシン、腕時計が『三種の神器』として普及。同じく80年代後半になり白黒テレビ、ラジオが普及し始める。すなわち日中の消費財の時代の開きは30年程度。50代、つまり我々の親の世代が認識している中国と日本の経済的な開きはここに始まる。
80年代末から90年代にかけてカラーテレビ、冷蔵庫、エアコンが普及するが価格は数千元と都市部の高所得者の月給数カ月分。これらの白物家電の普及が一巡したのは90年代後半。2000年以降は携帯電話・パソコンといったIT製品が一気に普及し、日本における消費のタイミングとほぼ合致するようになる。中国の携帯電話ショップを見ればその意味がわかる。Google携帯, Iphoneは勿論それを模したタッチ式の3G携帯が種類豊富に並んでいる。下手すると『ガラパゴス』と揶揄される日本の携帯市場よりも進んでいるのではないかとすら思う。

このような状況は上海や北京といった大都市 and/or 中国沿岸部が中心であることは承知の上としても、現在の中国の都市部の人口は約6億〜6億5千人人。これだけで日本の5倍。いやはやもはや一大、消費国家である。

なお2000年から少しずつだが消費量が伸びている自家用車は2001年12月のWTO加盟後の外国輸入車の関税引き下げが背景とされている。上海で大学4年生に所属している中国人学生(アランが紹介してくれた)もマツダ゙車を保有しており以前に比べ自家用車を持つことは特別なことではなくなっていると考えられる。(とはいえ、12万元程度で購入したと話をしていたので一部富裕層に限られることは間違いない。上海で仕事をするホワイトカラーの平均月収の20ヶ月分相当である) 住宅については1998年から進められた住宅改革 の影響を受け、マイホームを持っていない男性は結婚相手の対象外と看做されるほどに需要が拡大している。昨年末、上海ディズニーランドの建設が許可されたことで建設予定地周辺の土地価格が一夜にして5倍〜10倍になったとの話も聞いている。


私はこのような状況を昨年初めて知った。そしてその勢いに驚いた。日本から続々と到着する友人達が差し入れてくれる経済雑誌は何処を見ても中国だらけ。なんと解りやすい『中国ブーム』だろう。戦後、日本はその経済力を用いてブームを消費する立場に居た。それは海外旅行であり、ヨーロッパブランドであり、クリスピークリームドーナツに象徴されるものだ。しかし、中国というブームを我々は消費することが出来るだろうか?? その勢い、国家、文化の一つ一つを理解していく努力をしなければ気づかぬうちに我々は中国の『消費ブーム』の対象の一部としかならないと危惧する。暗い振り返りになってしまったけど、正月の中国で憂うのである。