【10000pv記念ゲスト投稿】[イーティエン]上海

SanRenXin(三人行)読者のみなさま。はじめまして。
光栄なことに、当ブログ10000pv記念に、「上海」というお題で、ゲスト投稿させていただくことになった、イーティエンです。

○簡単な自己紹介
高校卒業後、上海の大学に入学。
卒業後、上海でコンサルティング会社勤務。上海歴は3年半。
日本の友人よりも上海の友人のほうが多く、もはや上海とは切っても切れない関係。
三人行のアラン、ちんむーとは、学生時代に学生団体freebirdにて共に活動。


それでは、ちんむーからのバトン『上海』で書いていきます。


〜上海〜


■机上の「経済成長」でなく、生の「経済成長」

小学5年生の時だっただろうか。
社会科の授業で、「ニッポンの戦後復興の軌跡」というビデオを見た。
こうやって、プロパガンダはインストールされていくのかもしれないが、その時、生まれて初めて日本の先人達に対して尊敬の念と誇りを強く感じたことを覚えている。
「東洋の奇跡」とまで言わしめた経済成長を牽引した、我々の祖父祖母の世代。
人間は環境の葦であることをいくら差し引いたとしても、我々の世代が歩んでいる道は、彼らにとって、不甲斐ないものだろう。

私は、18歳の時に、第二の人生フィールドを海外にしようと決めた。
海外の中でも、上海に決めた理由の一つは、
「ニッポンの先人達がかつて歩んだ経済成長という魔物と対峙してみたい」
と思ったからだった。

こうして、2005年、私と上海という魔物との付き合いが始まった。



■20年間で平均年収が10倍に!?

以下のデータを見ていただきたい。

年次 日本の平均年収
1960  25万円
1970  82万円
1980  268万円
1990  376万円
2000  408万円
2008  365万円

現代の日本人には想像をするのが難しいと思うが、1960年-1980年の20年間で、日本人の平均年収は約10倍になっている。
これは、残念ながら、勝間さんがおっしゃるような、知的生産術うんぬんで、仕事の生産性が10倍になったという話では、もちろんない。
これこそが、高度経済成長であり、貨幣価値というのは絶対的なものではないことの証左である。


次は上海を見てみよう。

年次  上海の平均年収(1元=15円で計算)
1993 8万円
1995 14万円
2000 23万円
2005 40万円
2009 64万円

上海も1993年〜2013年の20年間でみると、平均年収は10倍に達する見込みだ。
グローバリゼーションという波が押し寄せ、市場原理が働けば、最終的には、各国の給料が拮抗することは間違いない。
となると、上海の年収は、30年間で20倍近くにもなる可能性が大いに考えられる。
ただし、上海では、格差が大きく、平均値を重視しすぎると何も見えてこないため、あくまで参考程度にするのが賢明だろう。

このような状況下では、金利が相当高くないと、お金を借りて待つだけで、借金が消えてしまう。
貯金するだけ愚かな状態ということになる。
当時の日本人は、マイホーム神話に酔いしれ、不動産は購入したものの、基本的には、貯蓄フェチなので、せっせと貯金をしていたのでしょう。
こういう形で、国民の労働成果は吸い上げられていたのかもしれません。

そう考えると、中国人の場合、明らかに素人なおばちゃんが、株に躍起になっているのを見ると、
ある意味、合理的な行動だなーと思ってしまいます。ま、完全に投機なので、他人の自分でも心配になりますが。



■生活をしていて感じる変化
毎日友人に会っていると、友人のちょっとした変化に気づきにくいのと同じように、ずっと上海にいると、日々の変化に、鈍感になってしまう。

しかし、私の場合、幸いにも、NYに1年間、東京に半年間、浮気をしていたせいか、上海に戻ってきて、大きな変化を実感することが多い。

とはいえ、私は、2005年からの滞在なので、せいぜい平均年収が1.5倍増加した変化しか目の当たりにしていない。(とはいえ、日本の感覚でいうとありえない)

私が中国にいなかった1年半の大きな変化として、パソコンの価格破壊と所得増加で、個人がパソコンを持ち、誰もがインターネットを通じて、海外の情報を気軽に入手できるようになった。
さらに、世界不況の中、中国だけは、回復が早かったことが、変化に拍車をかけたのだろう。

数値化できるものだと、物価上昇があげられる。
可愛いものだと、留学生寮で売っていたチャーハンは、以前は3元だったが、今は5元になっている。
エグイものだと、友人が購入したマンションのように、1500万円で購入したものが、5000万円になったりしている。

数値化できないものだと、メディアのコンテンツレベルや、ファッションの洗練化、マナー向上などの変化があげられる。
本や雑誌のクオリティが、以前よりも読みごたえのある、客観的な記事が多くなったし、勝間さんやドラッカーなどのような外国人著者の翻訳本を、本屋でよく見かけるようになった。
ファッションや化粧も洗練化され、中国人はみんな日本の雑誌を読んでいるため、以前に比べて、中国人と日本人を見間違えることが多くなった。
お陰さまで、一目ぼれをする機会には事をかかなくなったし、以前よりも外出時に、きちんとした服装を心がけるようになったことには、感謝している。



■経済成長の中で学びたいこと(「見えないものの変遷」と「お金の使い方」)

経済成長と聞いて、あなたは、どんなイメージを思い浮かべるだろうか?

不動産バブル、高層ビル建設ラッシュ、インフラ整備、物価上昇、拝金主義、
環境汚染、未来に対する希望、性の開放、法律整備・・・・

このように、いろんな顔をもつ経済成長。
私自身、経済成長という荒波に揉まれる中で、時に、中国人の溢れんばかりのパワーとハングリー精神に感化されたり、時に、拝金主義社会の表と裏を見せつけられ、悩んだりした。
多感な時期の自分にとっては、ちょっぴり刺激的だったが、価値観を大きく揺さぶられることは、苦しいがとても楽しい経験だった。

かつて、ウィトゲンシュタイン先生は言った。「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」と。
しかし、経済成長から何を学びたいかを考えると、語りえぬものについては、言語化していく姿勢が必要であると私は思う。そして、概して、語りえぬものとは、見えなかったり、概念化されてなかったりするものである。

やはり、もっとも目を向けるべきは、見えないものの変遷であると思う。
経済成長という荒波に立ち向かう人間の価値観の変化、ライフスタイルの変化、貨幣価値に対する人々の変化などを積極的に言語化していく作業を大切にしたい。

短期滞在の旅行者は、可視化されたものを見て、一喜一憂する。
そこに、時間軸が抜けているのであれば、可視化されたビルやインフラは、先進国と何ら違いは無い。


あとは、お金の使い方。
「お金を賢く使うことは、お金を稼ぐことよりも難しい。」と賢人はよく言う。(僕はまだこの領域にいっていない)

何にいくら払うかというのは、経済状況にもよるが、その人の価値観、生き様を表す。

海外で、価格の妥当性を測るものさしとして、一番コスト(時間、精神的に)がかからないのが、日本の物価と比べてしまうことである。
しかし、海外生活を続けていると、否応なしに、ゼロベースで、自分は何に重きを置くのかという選択のリセットを迫られる。

上記のように、そもそも貨幣価値など絶対的なものではない。
今の上海は、お金を賢く使うことを考える最適な場所だと思う。
また、偽物商品が多いので、ブランド価値を差し引いた上で、物の本当の価値を測定する目も養えるだろう。



■最後に

恐らく、未来の人々は、現在の中国を振り返って
「あの頃の世界経済は、中国の一人勝ちだった。」
と輝かしい中国の経済史について言及するのだろう。

そんな、世界有数の経済成長が続く上海で生活する上で、心がけたいことがある。

SanRenXinの間で、以前ブームになった紳助竜助で、紳助が放った金言。

「頭で覚えようとすると忘れるけど、心で覚えたことは一生忘れへん。歴史の年代なんて全く覚えてへんけど、初恋の人へ告白したことは絶対忘れへんやろ。」

今の上海の思い出を、しっかりと心で記憶しておこうと思う。


以上。イーティエン(個人のブログはこちら)からの投稿でした。
ありがとうございました。


photo by nao






○バトン
ぞーたん選手へ
「天津赴任への意気込み」